無戸籍者がいるという日本の現実
日本で生まれ、日本人として生活しているにもかかわらず、戸籍に記載がない「無戸籍者」。
その存在は、現代社会が抱える深刻な課題の一つです。身分を証明できないために、教育、医療、就職、結婚、住まい、銀行や保険など、人生のあらゆる場面で著しい不利益を被ります。
この記事では、日本における無戸籍者の人数や統計、無戸籍になってしまう背景にある理由、そしてその状態を解消して戸籍を作るための具体的な手続きについて解説します。
もしあなたの周りの方が無戸籍で悩んでいる場合、この記事を参考にして支援をお願いします。
日本における「無戸籍者」とは?
まず、「無戸籍者」の定義を正しく理解することが重要です。
無戸籍者とは、日本国籍を持っているものの、何らかの理由で出生届が提出されず、戸籍が作られていない人のことです。
これは、外国籍の人が日本の公的書類に載っていない「無国籍者」とは全く違います。
無戸籍者は、親が日本人であるなど、日本国籍の要件は満たしています。しかし、戸籍という身分を公証する帳簿に記載がないため、法的にその存在を証明することが極めて困難な状況なのです。
無戸籍者の人数と実態|法務省の統計から見る現状
では、日本にはどれくらいの無戸籍者がいるのでしょうか。
法務省の調査によると、令和2年9月末日時点で、法務局・地方法務局が把握している無戸籍者の数は3235人。
ただし、この数字はあくまで行政が把握できた「氷山の一角」でしょう。実際には、誰にも相談できず、統計に表れないまま困難な生活を送っている人がその倍、もしかしたら一万人以上存在すると思われます。
なぜ無戸籍になるのか?その理由とは
人が無戸籍という状態に陥る背景には、複雑でやむにえない事情が存在します。ここでは、その主な理由を解説します。
原因の7割は・・・「離婚後300日問題」
無戸籍となる最も多い原因が、かつての民法第772条の規定、通称「離婚後300日問題」です。
これは「離婚後300日以内に生まれた子どもは、前夫の子と推定する(嫡出推定)」という法律の規定でした。
このため、ドメスティック・バイオレンス(DV)から逃れるために離婚した女性が、離婚後すぐに別のパートナーとの間の子を妊娠・出産した場合、子どもの戸籍に暴力の加害者であった前夫の名前が記載されてしまう事態が発生しました。
想像しただけでもおぞましい状況です。
これを避けるため、母親が意図的に出生届の提出を断念し、子どもが無戸籍になってしまったのです。
法務省の調査では、無戸籍者の約7割がこの問題に起因するとされていました。
【重要】2024年4月に民法が改正されました
この深刻な事態を受け、2024年4月1日にやっと改正民法が施行されました。この改正により、女性が離婚後に再婚している場合に限り、離婚後300日以内に生まれた子であっても、現在の夫の子と推定されることになりました。これにより、離婚後300日問題に起因する無戸籍者の発生防止が期待されています。
その他の理由
離婚後300日問題以外にも、原因は存在します。
親自身が無戸籍
親が何らかの事情で無戸籍であるため、その子も戸籍に入ることができず、無戸籍が引き継がれてしまうケースです。
親による出生届の不提出
経済的な困窮、未婚での出産に対する不安、精神的な問題、宗教上の理由、あるいは単純な知識不足など、様々な事情で親が出生届を提出しないことがあります。
親が戸籍というものを知らない、出生届が必要であることを知らない、父親が誰か分からないので相談できる人もいない、という状況が存在するのです。その場合、妊娠中に産科を受診せず自宅で出産するかもしれません。
知的障害がありながら誰からも支援されなければ、もうどうしていいか分からないでしょう。親が社会から孤立している状態で妊娠すると、情報を集める能力が乏しければ子供は悲惨なことになります。
人身売買や虐待など特殊な事情
人身売買や親による子の存在の隠蔽など、深刻な人権侵害が原因である場合があります。出産時から誰にも知られなければ、行方不明になっても人身売買されても探してくれる人がいません。
無戸籍者は学校に通えない
当然ながら無戸籍の子供は学校に通っていません。
親は存在を隠したいために他の子供との接触をさせないようにします。
学校という場所があるということをテレビやネットなどで知りますが、自分は一度も足を踏み入れたことがないまま18歳を迎えてしまうのです。
戸籍はおろか、どこの学校を卒業したかという履歴がなく、誰もが義務教育で経験しているはずの学校生活という共通体験が欠落しています。友達もなく、コミュニケーション能力も育っていません。
この状態で働ける場所は日本ではごくわずかでしょう。特に地方都市では生きていくことができないため、東京などの大都市で、身分を明かさずにすむ職業に就くことになります。
しかしこの現代では法律がそれを許してくれません。ある無戸籍の女性は、風俗店で働こうとしたが自分の年齢を証明できるものが何もなく、採用してもらえなかったそうです。風俗店側としても未成年者を雇用するのは違法であるため、何らかの身分証明書の提示は必須なのです。
もし病気になったらどうなるでしょうか。保険証を持っている友人から借りて、病院を欺いて受診することになります。当然これは詐欺行為です。この時点で警察に逮捕され、無戸籍が発覚するという事例もあります。保険証についてはマイナ保険証に完全移行したら、詐欺とはいえ受診すらできなくなります。
悲惨なのは、自分が無戸籍者であることを知らなかったという場合が非常に多いことです。就職のときに住民票の提出を求められたので役所に行ったが無いと言われた、という経験をしても、戸籍の知識がないため不思議に思って終わるのです。
恋人と結婚しようとして自分の無戸籍を自覚したという人もいました。
学校に通ってない状況だけでは子供はその理由を理解できないのです。
無戸籍であることによる深刻なデメリット
戸籍がないことで生じる困難は、日常生活のあらゆる側面に及びます。
| 行政サービス | 住民票が作成できず、印鑑登録もできない。健康保険証が持てず、医療費が全額自己負担になる。年金、児童手当、選挙権など、基本的な権利やサービスが受けられない。 |
| 身分証明 | 運転免許証やパスポートが取得できない。銀行口座の開設や携帯電話の契約ができない。保険に入れない。 |
| 社会生活 | 全ての就労が困難。賃貸住宅の契約ができない。結婚(婚姻届の提出)ができない。 |
この日本では、実質的に生存そのものが厳しくなります。
そうした無戸籍者がこの現代の日本でも数千人に及ぶのかもしれません。
無戸籍者が戸籍を作るための手続き
現在無戸籍だとしても、悲観することはありません。
戸籍を作るための法的な手続きが存在します。
自分が無戸籍者だと自覚さえできれば、役所で戸籍を作り、保険証も住民票もマイナカードも携帯電話も全て持てるようになります。結婚も就職も可能です。
決して難しい手続きではないので、解説していきます。
相談窓口はどこ?
相談は無料で、秘密は厳守されます。
全国の法務局・地方法務局 にまず行きましょう
法務省は無戸籍問題の解決に力を入れており、全国の法務局に専門の相談窓口を設けています。事情を丁寧に聞き取り、必要な手続きを案内してくれます。
書類の発行などを受け付ける窓口があるので、そちらに控えている人に「無戸籍について相談したい」と告げるだけです。
すぐに職員が対応してくれます。
戸籍を作るための具体的な法的手続き
法務局でアドバイスを受けながら、家庭裁判所で手続きを進めます。そこで「就籍許可の申立て」です。
就籍許可の申立て
就籍許可の申立てとは、戸籍のない人が、家庭裁判所の許可を得て新たに戸籍を作成するための手続きです。
- 申立て先 これから本籍地を置きたい場所、または申立人の住所地を管轄する家庭裁判所
- 申立てができる人: 無戸籍者本人(15歳未満の場合は法定代理人)
- 必要な書類(例)
- 申立書
- 申立人の住民票(住民票の記載がある場合)
- 日本国籍を有することを証明する資料
- 親子関係を証明する資料(DNA鑑定書、医師や助産師が作成した出生証明書、母子健康手帳、認知調停調書など)
- 両親の戸籍謄本
- きょうだいの戸籍謄本
- その他、親子関係を推認させる資料(写真、手紙、学校の記録など)
家庭裁判所が、提出された書類などを基に調査を行い、親子関係が確かで、その人が戸籍に記載されていないことが確認されると、就籍が許可されます。許可が下りたら、審判書を添付して市区町村の役所に届け出ることで、晴れて戸籍が作られます。
このほか、父に子として認めてもらうための「認知調停の申立て」や、法的に親子関係を確定させる「親子関係存在確認の訴え」などの手続きが必要になる場合もあります。
人身売買や監禁などによって親の存在が分からない場合でも、就籍許可を求める手続きは可能です。その場合は「日本人」であることさえ証明できればいいのです。どこで暮らしていたか、身近にどんな人がいたか、医師による年齢の推定、言語学者による言語の解析(日本語が母国語かどうか)など、手続きは複雑になりますが、国は丁寧に対応してくれます。
どの手続きが必要かは個別の事情によって異なるため、まずは法務局などの窓口で相談することが近道です。
繰り返しますが、必ず先に法務局に行ってください。
法務局のアドバイスにしたがって、弁護士や専門の支援NPOの力を借ります。
決して先に素性の分からない支援団体や自称コンサルタントなどに相談せず、まずは法務局や弁護士に相談しましょう。無戸籍者は搾取されやすく、二次被害、三次被害の恐れもあります。
一定収入以下であれば、弁護士費用を国が立て替えてくれる制度もあるので、法テラスも利用できます。
周囲に無戸籍が疑われる人がいたら、放置せずアドバイスを
無戸籍問題は、個人の努力だけで解決できるものではありません。
その背景には、DVや貧困など、複雑な社会的要因が絡み合っています。
罪を犯して逮捕されてから初めて就籍許可を得たというのでは、悲惨すぎます。無戸籍が疑われる人がいたら、迷わずに本人にアドバイスを申し出ましょう。必要に応じて法務局に付き添うなどの手助けをしてください。



























