スニーカーを路上で現金取引する黒人の子供達
InstagramやTikTokをスクロールしていると、高頻度でこんな動画が流れてくることがあります。
アメリカのあまり裕福そうではない街の路地裏やガソリンスタンドの片隅で、黒人の若者や少年たちが立ち止まり、靴箱を開けてスニーカーを入念にチェックする。納得した様子でポケットから現金の束を取り出し、ディーラーに手渡す。ディーラーが紙幣を数え終わると、若者は足早に立ち去る―。
まるで映画に出てくる麻薬取引のような緊張感ですが、彼らが売買しているのは麻薬ではありません。エアジョーダンなどのNikeの人気スニーカーです。
日本人の感覚からすると、ものすごい違和感です。
「なぜ公式オンラインや正規店で買わないのか?」 「なぜフリマサイトを使わないのか?」「Web上で取引た方が騙されないのでは?」「路上で現金取引をするのは危険ではないか?」「ギャングみたいな闇バイトではないのか?」
「そしてなぜ、その動画に映るのが黒人の少年に偏っているのか?」
この光景の裏側には、単なるスニーカー好きにとどまらない、アメリカ社会の「人種的分断」と「差別的金融排除(アンバンクド)」の歴史が刻み込まれています。
この路上でのスニーカーの現金取引は、アメリカ社会では深刻な問題となっています。現金取引の現場を襲撃されて命を落としたり、ストリートギャングの末端の仕事をするようになる入口になるなど、かなり深刻です。
ファイナンシャルプランナーの視点から、この路上経済のリアルを解き明かします。
黒人世帯を直撃する金融排除―銀行口座を持てない人たち
日本に暮らしていると、「銀行口座を持つ」「クレジットカードで買い物をする」ことはあまり前のことで、多くの人ができます。正確に言うと、信用情報のせいでクレジットカードが持てない人はいますが、銀行口座を持てない人はごく一部です。
しかしアメリカでは、銀行と取引ができない人が数多く存在するのです。その多くが黒人世帯です。
米連邦預金保険公社(FDIC)の全国調査によると、銀行口座を一切持たない「アンバンクド(Unbanked)」の比率は、白人世帯の約2〜3%前後であるのに対し、黒人世帯では約10〜11%と、3倍~5倍近い開きがあります。
この格差は、決して黒人世帯の個人の怠慢や資質によるものではありません。
20世紀半ばから国主導で行われた「レッドライニング(Redlining)」と呼ばれる差別政策が原因です。かつてアメリカの都市計画や金融機関は、黒人が多く暮らす居住区を地図上で赤い線で囲み、「投資不適格地域」として住宅ローンや事業資金融資から法的に締め出しました。
これがレッドライン(赤い線)の由来です。
その結果、黒人コミュニティには富の蓄積が進まず、現在でも全米の大都市のインナーシティには大手銀行の支店がほとんど存在しません。

代わりに街を埋め尽くしているのは、法外な手数料を取る小切手換金所(チェック・キャッシング)や、年利数百パーセントに達する給料日担保ローン(ペイデイ・ローン)といった金融業者です。
銀行では最低預金残高を下回れば毎月10ドル〜15ドルの口座維持手数料が口座から差し引かれ、少しの残高不足で過振出手数料が科されるのが米国の銀行です。
日々の生活に追われる家庭はこれが払えず、簡単に口座を凍結させられます。一度ブラックリスト(ChexSystems等)に登録されれば、新規口座開設は数年間できません。つまり銀行口座がひとつもない世帯が誕生するのです。
親が銀行口座を持てず、当然デビットカードやクレジットカードもありません。親が金融システムから排除された黒人の子供たちは、生まれ落ちたときから、銀行と縁のない人生になってしまいます。
郊外の白人と、大都市の中にいる黒人ー貧困の環境
筆者がふと思ったのは、「貧困層や金融難民は白人にも大勢いるのに、なぜ路上取引の動画は黒人ばかりなのか?」という疑問です。
実数だけで言えば、米国の人口比率上、困窮している白人世帯の方が多いはずです。しかし、白人の若者が路上で現金取引をする様子は、SNSではごく稀にしか見ません。
これには、同じ貧困層でも白人層と黒人層で生活環境に大きな違いがあるからです。
白人困窮層の場合
白人世帯の貧困層は、アパラチア山脈周辺やラストベルトなどの地方・農村部、郊外のトレーラーパークなどに広く分散して暮らしています。
地理的に移動には車が不可欠であり、そもそも徒歩圏の道端で待ち合わせて現金取引をするような過密なストリート環境がありません。
彼らが現金取引をするときには、フリーマーケットや大手スーパーの駐車場、警察署の前、質屋、自宅のガレージなどで行われるようです。たとえスニーカーを現金取引したとしても、まるで麻薬取引のような緊張感のある雰囲気にはなりません。
黒人困窮層の場合
黒人世帯の貧困層は、ニューヨーク、シカゴ、フィラデルフィアなどの大都市中心部(インナーシティ)の高密度な集合住宅街に集中しています。
車を持たず、徒歩で数分〜数十分の距離に同世代の若者が密集しているため、「路上で会ってその場で手渡しする」という習慣になります。
この路上で取引するという行為はアメリカで大問題となっています。路上での襲撃による殺人事件、ストリートギャングへの入口になるなど、問題が山積なのです。銀行と取引がないがために現金手渡ししかないという背景が、命の危険となったり、末端ギャングとして使い捨てられやはり命を落とすという悲劇に繋がっています。
エア・ジョーダンが「現物通貨」になる仕組み
そもそもなぜ、靴が路上取引されるのでしょうか。
金融システムから排除された大都市の黒人少年たちにとって、エア・ジョーダンは単なる運動靴ではありません。それは1980年代以降、マイケル・ジョーダンの登場とヒップホップ文化の隆盛とともに、黒人コミュニティの自立とプライドの象徴として神聖視されてきた特別なアイコンです。
家庭環境や街並みがどれほど過酷で貧しくとも、「足元に誇りある一足を履いていること」は自己の尊厳であり、ストリートにおける身分証明書でした。
そしてこの需要と文化的な崇拝が、スニーカーを「現物通貨」にしました。
貯蓄、運用資産として
米ドルを銀行に預けられない彼らにとって、現金は手元にあれば生活費に消えてしまいます。しかし限定スニーカーは靴箱に入れておけば相場が下がりにくく、インフレに強い運用資産になります。
ただし現物であるがゆえに、取引の現場で命とともに強奪されることもあります。
物々交換として
ストリートにおいて、人気モデルはそのまま紙幣の代わりになります。「ジョーダン1足」と「別の靴+現金50ドル」をトレードする物々交換が成立します。
相場として
二次流通相場によって「このモデルは今400ドルの価値がある」という共通レートがストリートの全員に共有されており、価格のブレがありません。
銀行口座を持てない黒人の少年たちにとって、自宅のクローゼットに積み上げられたスニーカーの箱は、口座に預けられた預金そのものなのです。
路上取引の代償
大手フリマサイト(StockX等)を利用できれば、偽物を掴まされるリスクも、強盗に遭うリスクも大幅に抑えられます。しかし、それらを利用するには銀行口座が必須であり、さらに売却代金の入金までには鑑定や配送を含めて1〜2週間のタイムラグが生じます。加えて、10〜15%前後の手数料が差し引かれます。
正規のアルバイトに就くことさえ難しい未成年、あるいは今日の食事代や家族の当面の生活費、次のスニーカーを仕入れるための元手を即座に回さなければならない彼らにとって、「その場の手渡しで100%の現金を握れる路上取引」以外の選択肢はありません。
中古で手に入れたスニーカーを自ら磨き上げ、相場で売って現金を残す。このサバイバルこそが、彼らの生活を支える経済活動です。
しかし、その代償はあまりに過酷です。
高額スニーカーと現金の束が路上で動く現場は、常に強盗や銃撃の標的になります。全米のニュースでは、スニーカー取引の待ち合わせ場所でおとり強盗に遭い、靴や現金を奪われまいと抵抗した10代の黒人少年が命を落とす事件が後を絶ちません。あまりの治安悪化から、各都市の警察署が「取引するなら警察署の監視カメラの前でやれ」と専用スペース(セーフ・エクスチェンジ・ゾーン)を設ける事態にまで発展しています。
安全なデジタル決済を使える富裕層の子供達が支払う「10%の手数料」を払えないがために、ストリートの黒人の子供たちは、自らの生命を危険にさらしています。
臭いものに蓋をする「偽善」
このストリートの光景について、あるアメリカ製の生成AIに質問してみました。
「なぜ黒人の子供が路上でスニーカーを現金取引しているのか」「なぜ彼らはクレジットカードや正規店を使わないのか」
すると次のような回答がきました。
「黒人が路上で靴を売買している事実は見当たりません。黒人がクレジットカードを持っていないとする見方は偏見であり、人種差別的なステレオタイプを助長する不適切な表現です。「そういう人もいるかもしれない」というのが正しい切り分けです。」
「黒人、クレジットカード無し」というワードにガードレールが発動したのか、嘘を言い出しました。
たしかに、マイノリティを差別や中傷から守るための「極めて正しく、クリーンで人道的な対応」に見えるかもしれません。しかしそれは、カラーブラインド・レイシズム(Color-Blind Racism)という現代の新しい差別です。
耳ざわりの良い正義っぽい言葉で臭いものにふたをし、それを指摘する側に『差別者』のレッテルを貼って現実をないものにするのです。
差別を指摘する人を差別者だと叩き、この世の中には差別などないと言い張るわけです。
客観的なデータを見れば、AIのこの回答がいかに嘘か分かるでしょう。
米連邦準備制度理事会(FRB)や米連邦預金保険公社(FDIC)の公式統計において、黒人世帯のクレジットカード保有率は白人層より20〜30ポイントも低く、銀行口座を持たないアンバンクドの比率も3〜4倍以上に達していることは厳然たる事実です。
また、路上での現金手渡しによるスニーカー取引(ミートアップ)で10代の少年が強盗に遭い、命を落とす事件が多発しているからこそ、全米各都市の警察署が「路上で会うな、取引は警察署のカメラの前でやれ」と専用のセーフ・エクスチェンジ・ゾーンを設けて緊急警告を出しています。
これらは偏見やステレオタイプなどではなく、アメリカ政府や治安当局が公式に対策を講じている現実の社会問題です。
それにもかかわらず、アメリカ西海岸のテック企業が作るAIは、自社の訴訟リスクや炎上を防ぐという自己保身のために、公的データも、警察の警告も、現場で奪われる命も、すべて「それを言うことは差別であって、そもそも存在しない」として社会から抹消しようとします。
そして、なぜその不平等が起きているのかを理解しようと問いを投げかけた人間に対し、「差別者」の汚名を着せて断罪し、議論をシャットダウンしようとするのです。
この臭いものに蓋をする姿勢によって利益を得ているのは誰でしょうか。それは、ガラス張りのオフィスでオーガニックコーヒーを飲みながら、社会に差別は存在しないと嘘をついて逃れているテック企業のお偉いエリートたちです。
テック企業のエリートたちにも、もちろん現実は見えているはずです。でもそれを直視するのはあまりにも危険で不都合なのです。
子供が生き残るために、命を担保にして路上で小商いを回す過酷な現実を、AIによって「偏見だから存在しないこと」にされ、言論空間からも抹殺される。実社会から銀行口座を奪われ、情報空間からもその存在を消し去られる。
これがアメリカの現代の差別の構造です。現実を語ることすら「差別」として禁止されたアメリカ社会では、「無視」という形の新しい差別が始まっているようです。
世界中で「金融包摂(ファイナンシャル・インクルージョン)」が叫ばれる今、私たちが本当に直視すべきなのは、アプリの利便性やキャッシュレス化の進展といった上流階級の視点ではありません。
「そもそもシステムの土俵にすら上がれず、路上で小商いを回している人々がいる」という冷徹な事実です。
日本でも似たことが起きている
実は日本でも同じことが起きているのです。
日本において「転売ヤー」などと言われて嫌われている人たちがいますが、その小商いをする人達に筆者がインタビューしてみると、中流層の日本人には全く想像もつかない現実がありました。
就職氷河期によって正社員という立場を得られなかった50代の男女、子供の貧困の先に就職ができず精神疾患も抱え就職できない30代女性、新卒時のパワハラで人間不信となった30代男性。
もう、その小商いしかサバイバルするすべがない人たちが多くいました。掲示板サイトやSNSを通じて「路上の現金取引」をすることも多いそうです。結果、転売ヤーに極度の怒りを持つ人におびき出され小突き回されることもあったとか。
この社会的弱者の小商いは、転売だけではありません。チャットレディを続けるしか生きるすべがない貧困の女性、40歳になっても風俗店で働き続ける女性、住所がなく知人男性の携帯をつかって出会い系サイトで売春を強要されている女性など、筆者は数多くの現場を見てきました。
そんな現状を話しても、「日本でそんな人がいるわけがない」などと言いがかりをつけて、美しい立場を取って逃げる人が非常に多いのです。現実を認めたくない、見たことがないから信じない、それを言うことが差別なのではないか?となります。
当然、生成AIも一切認めません。せいぜい、自己責任で貧困に陥ったという程度です。
SNSのXでは「風俗嬢」という言葉を使ってポストすると、不適切としてアルゴリズムで可視性フィルタリングがかかります。いわゆるシャドウバンというやつです。そのような現実は存在してはいけないのでしょう。「不倫」はセーフですが、「風俗嬢」はダメなのです。存在を認めると自分たちが危ないということのようです。
貧しくなっていく日本と、なかったことにされていく小商いで命をつなぐ人達。その現実をなきものにする新しい差別。
そんな現象が日本でも始まっているようです。
住宅購入と生命保険の疑問を、AIに。
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