マイホームの建築や契約を検討する際、「仏滅の契約は避けるべきか」「大安に着工したほうがいいのか」と悩む方は少なくありません。
しかし、現代の家づくりにおいて、六曜(大安、仏滅など)を基準にスケジュールを決めることは、合理的かどうか以前に、明確にコンプライアンス違反となる行為です。
セクハラ、パワハラと並ぶ人権問題にも発展しかねない六曜問題。まだ建設業界では認識が薄く、一部では六曜で日取りを決める行為が平然と行われています。
結論から言うと、今すぐやめるべきです。そして、六曜にこだわる工務店、ハウスメーカー、営業マンとは、関与を止めることを検討してほしいと思います。
あるいは、「六曜で決めるのは問題があるので、私はその迷信は受け入れがたいです」と伝えてください。
この記事では、六曜の本質や、コンプライアンス(法令遵守・社会的倫理)の観点からなぜアウトなのか、そして六曜に囚われるべきではない現実的な理由を解説します。
六曜は仏教とも無関係な「単なる迷信」
多くの人が六曜を日本の伝統や仏教的な儀礼と考えていますが、これは大きな誤解です。
単なる迷信です。宗教でも伝統でもなく、実は占いなのです。
仏教の教えとは一切関係がない
「仏滅」という文字から仏教由来のものと思われがちですが、六曜は古代中国の占いが発祥とされています。占いが発祥なのがダメなのかと思うかもしれませんが、そうではありません。六曜という迷信が、かつての日本社会にあった「忌み嫌う」という行為と、同和問題(江戸時代の身分制度に由来する差別や偏見)が地続きになっていることが問題なのです。
日本の仏教各宗派(浄土真宗など)は「吉凶によって日を選ぶことは迷信である」として公式に否定しています。
大手企業や官公庁では六曜カレンダーを禁止していることが多い
大手金融機関などでは、執務室の壁掛けカレンダーだけでなく、社員の手帳にいたるまで「六曜」が記載されたものを使用禁止とする会社が数多くあります。
これは単なる「古い慣習の見直し」ではなく、人権啓発や、科学的根拠のない差別・偏見の排除を目的とした明確な方針に基づいています。
実例:自治体カレンダーの回収・配布中止 大分県佐伯市をはじめとする複数の自治体や公的協議会において、過去に「六曜(大安・仏滅など)が記載されたカレンダー」を誤って作成・配布してしまい、「人権意識の観点から、行政が迷信を助長するような表記を掲載・配布するのは不適切である」として、数千部規模で回収や配布中止に至った事例が実際に発生しています。
根拠のない数字パズル
六曜は旧暦の月日を単純な計算式に当てはめて機械的に割り振っているだけに過ぎません。日の満ち欠けや天候、科学的な根拠は全く存在しない「ただの暦のパズル」です。それは日本の伝統でもなければ、宗教でもありません。仏教でも神道でもない、単なる占いなのです。
なぜアウトなのか?コンプライアンスの観点から
現代のビジネス、特に公平性と合理性・論理性が求められる金融・不動産・建築業界において、六曜を重視したり、取引の基準に持ち込んだりすることは、コンプライアンス(社会的倫理・法令遵守)上の重大な問題となります。
厚生労働省などの「迷信・差別排除」の指針に反する
公的機関において、六曜は「合理的な根拠のない迷信」として明確に排除されています。
厚生労働省や各自治体の人権啓発指針では、公的なカレンダーや広報誌から六曜の表記を順次削除しています。
その理由は、六曜のような根拠のない吉凶が、江戸時代の特定の職業や身分に対する偏見・差別(忌み嫌う意識)を助長してきた歴史的背景があるためです。
企業が六曜を基準に業務を行うことは、行政が進める「差別や迷信のない、人権を尊重した社会づくり」の指針に逆行することになります。
不当な取引制限や不利益変更になる
プロフェッショナルである建築業者や不動産業者が、合理的な理由(天候や資材調達など)ではなく「仏滅だから」という理由で契約日や引き渡し日を拒否、または制限した場合、顧客に対して不当な取引制限を課したことになります。
迷信によって日程を変更するのは、誰がどう考えても現代のビジネス社会では、消費者に不利益を与える不当行為なのです。
仮に、業者の都合で「六曜の良い日」に合わせるために工期が延び、顧客に余計な家賃負担や金利負担が発生した場合、それは「合理的な説明を欠いた不利益の押し付け」となり、民事上のトラブル(損害賠償請求など)に発展するリスクをはらみます。
カスタマーハラスメントになる
消費者(顧客)としても、業者に六曜を理由とした要求をすることは、カスタマーハラスメントになりかねません。そのことで損害を与えた場合、やはり裁判で勝てる見込みはありません。
契約書に基づかない「迷信」を理由にした要求は、企業としても受け入れられないのです。特に六曜は、人権教育が行われている企業になっては絶対に受け入れてはいけないものです。
顧客側が過度に六曜にこだわり、「仏滅に契約したから解約したい」「大安に変更できないなら損害を賠償しろ」といった理不尽な要求を行うケースは、現代において「カスタマーハラスメント」に該当する可能性が高くなります。
合理的な根拠のないルールを取引に持ち込むことは、業者の労働環境を悪化させ損害を与える原因になります。
みんなやっているから六曜を考慮してもいい、という理由で六曜を排除しない企業は、特に中小企業に目立ちます。かつて、セクハラなんて大げさだ、パワハラなんて受ける側の甘えだ、などと排除してきた古い人たちがいた時代を覚えている人も多いでしょう。それと同じことです。みんながやっている、では正当化されないのです。
六曜を基準にして家づくりをすべきでない3つの現実的理由
実務面や経済的な視点からも、六曜を基準にスケジュールを組むことにはデメリットしかありません。
① 建築コストの増加と工期の長期化
多くの人が「大安」や「友引」に契約、地鎮祭、上棟式、引き渡しを集中させようとします。その結果、特定の日に職人や重機、ハウスメーカーの担当者が不足し、スケジュールが後ろ倒しになります。工期が延びれば、その分のつなぎ融資の利息や、現在住んでいる賃貸物件の家賃負担が増加します。
② 天候や安全性の軽視につながる
「大安だから」という理由だけで、大雨や強風の日に無理やり地鎮祭や建て方(上棟)を決行するのは本末転倒です。家づくりにおいて最も優先すべきは「現場の安全」と「施工品質」であり、暦の吉凶ではありません。悪天候での無理な作業は、構造材の水濡れや滑落事故など、実害を招く原因になります。
③ 住宅ローンや税制優遇のタイミングを逃す
住宅ローンの金利や、各種税制優遇(住宅ローン控除や贈与税の非課税措置など)には、厳格な申込期限や入居期限が定められています。六曜の並びを気にするあまり、引き渡しや入居が月をまたいでしまい、適用される金利が上がってしまったり、優遇措置の対象外になったりすれば、何十万、何百万という実損を被ることになります。
六曜は「差別や人権侵害」の土壌と地続き
ここまで、六曜が家づくりにもたらす経済的・実務的なデメリットや、コンプライアンス上のリスクを解説してきました。
私たちが最も認識すべき本質は、「六曜を気にする心理は、社会に根強く残る『差別や偏見』の構造と地続きである」という点です。
行政や大手企業が六曜をカレンダーから徹底して排除している理由は、単に「科学的根拠がないから」だけではありません。
「忌み嫌う心理」が差別を生み出す土壌になる
日本の歴史的な人権課題である「同和問題(部落差別)」の根底には、特定の地域や職業、あるいは特定の状態を「不浄なもの」「穢(けが)れたもの」として排除し、遠ざけようとする歪んだ心理(清浄と不浄の過度な区別)が存在します。
六曜における「仏滅は不吉だ」「友引に葬儀を行うのは縁起が悪い」という発想は、まさにこの「根拠のない吉凶によって特定の状態を忌み嫌い、排除しようとする心理」そのものです。
「大安だから良い、仏滅だから悪い」と、記号化された暦によって物事の価値を決めつける思考に慣れてしまうことは、めぐりめぐって「特定の地域だから」「特定の出身だから」という理由だけで物事や人を忌み嫌う、差別的な心理の土壌を自分の中に温存することにつながります。
同和問題とは?
同和問題の起源には諸説ありますが、中世から近世(江戸時代など)にかけての社会の中で、特定の職業や役割を担う人々が「不浄」とされ、一般の身分階層から排除されたことが大きな要因とされています。
皮革加工や家畜のと殺、刑吏などの職業を穢れと呼んで職業差別したのです。その身分の名前が「穢多(えた)」です。
この子孫も偏見に晒され実質的に身分を固定されるような差別を受けてきました。
居住地域や通婚、職業選択の自由が厳しく制限されるなどの差別的な扱いが現在まで定着していて、完全な解決には至っていません。江戸時代に由来する「穢れ」という迷信が、この現代日本でも続いているのが現実です。
1871年(明治4年)の「解放令」によって、制度上は身分的な差別が廃止されましたが、心理的な偏見や経済的な格差はそのまま残り、社会的な差別が形を変えて継続しています。
六曜という迷信によって、特定の日を忌み嫌うという慣習は、同和問題での穢れという差別と地続きであるといえます。
他者の人権を奪う「同調圧力」
家づくりにおいて、「私たちは仏滅でも気にしない」という施主に対して、両親や周囲が「世間体が悪い」「常識がない」「何かあったらどうするんだ」と非難を浴びせるケースは少なくありません。
これは、自分の根拠のない迷信を、他人に押し付け、他人の自由な選択を監視・非難している状態であり、現代におけるハラスメントや人権侵害に他なりません。
この感覚の先には、他人の人権を迷信によって奪う同調圧力が繋がっています。
土地の歴史や属性を不当に詮索する行為が不動産取引において厳しく禁止されている現代において、迷信によって日取りを差別的に扱う習慣は、今の時代のモラルやコンプライアンスに真っ向から反するものです。
繰り返しますが、六曜は伝統ではありません。一日も早く排除すべき、ハラスメント行為なのです。
もしかしたらこの記事を極端だという人もいるかもしれません。「六曜が好きな人もいるので相手に合わせるべきだ」という意見もあるでしょう。しかしその無自覚な容認は中立ではなく、差別の土壌を存続させることに他なりません。
差別問題に中立は存在しません。差別問題において中立を装うことは、既存の差別やマジョリティの横暴に加担することと同じであると、筆者は考えています。
長岡FP事務所は、六曜が記載されたカレンダーを使用せず、六曜を理由とした日程調整もお断りしています。



























