あまり知られていない「リハビリ難民」という残酷な現実
脳卒中や事故による大怪我。
一命を取り留めた先に待っているのは、元の生活を取り戻すための長く険しいリハビリテーション(以下、リハビリ)です。
「もっと歩けるようになりたい」「もう一度、自分の手で食事がしたい」。本人と家族のそんな切実な願いを嘲笑うかのように、十分なリハビリが受けられず、心ならずも退院を余儀なくされる現実があります。
これは「リハビリ難民」と呼ばれ、その数は200万人を超えるとも言われる深刻な社会問題です。
この記事では、なぜ「リハビリ難民」が生まれてしまうのか、その背景にある医療保険制度の限界と、患者一人ひとりの回復に寄り添えない病院の厳しい現実について解説します。
「まだ回復の途中なのに…」リハビリが打ち切られる患者たち
リハビリ難民とは、病気や怪我によりリハビリが必要であるにもかかわらず、医療保険や介護保険の制度上の制約によって、十分なリハビリを受けられない状態にある人々を指します。
多くの患者は、急性期病院での治療後、集中的なリハビリを行う「回復期リハビリテーション病院」に転院します。
しかし、そこで待っているのが、医療保険制度が定める「日数制限」という大きな壁です。
なぜ?リハビリが続けられない医療保険制度の「壁」
現在の医療保険制度では、疾患ごとにリハビリを受けられる日数の上限が定められています。これを「疾患別リハビリテーション料の算定日数上限」と呼びます。
| 疾患分類 | 主な対象疾患 | 算定日数上限 |
| 脳血管疾患等リハビリテーション | 脳梗塞、脳出血、くも膜下出血、高次脳機能障害など | 150日~180日 |
| 運動器リハビリテーション | 大腿骨骨折、脊髄損傷、関節の変性疾患など | 150日 |
| 廃用症候群リハビリテーション | 長期臥床などによる身体機能の低下 | 120日 |
| 呼吸器リハビリテーション | 肺炎、慢性閉塞性肺疾患(COPD)など | 90日 |
| 心大血管疾患リハビリテーション | 心筋梗塞、狭心症など | 150日 |
この日数は、病気の発症や手術から計算されます。
例えば、大腿骨を骨折した場合、原則として150日間しか医療保険を使った集中的なリハビリは受けられません。この上限を超えると、たとえ患者に回復の兆しが見えていても、あるいは「もっとリハビリを続けたい」と強く願っていても、病院は診療報酬を請求できなくなるため、退院を促さざるを得ないのです。
これが、「150日の壁」「180日の壁」と指摘される問題です。
この制度は、急性期・回復期で集中的な医療を提供し、その後は介護保険サービスなどを利用して在宅や施設での生活に移行するという、医療の効率化と機能分化を目的として作られました。
しかし、現実には多くの患者が制度の枠組みからこぼれ落ち、「難民」化してしまっているのです。難民化といえばソフトに聞こえますが、現実はもっと残酷です。
リハビリを続ければもっと回復するのに、もう集中的なリハビリを受けられなくなり、一生重い障害者として生きて行けと宣告されているという意味なのです。
患者は万が一のとき、病院と国にすがるしかありません。しかし現実は決して患者の「人生への希望」には寄り添ってはくれないのです。
回復に向けて寄り添いきれない病院の事情
患者から見れば「冷たい」「まだ治っていないのに追い出すのか」「回復したいという希望をなぜ無視するのか」と感じられる病院側の対応ですが、そこには病院経営の厳しい現実があります。
- 診療報酬制度と経営 病院は国が定めた診療報酬に基づいて運営されています。算定日数上限を超えた患者のリハビリを行っても、病院の収入にはなりません。ベッドの稼働率を維持し、次に入院を必要とする患者を受け入れるためにも、規定の日数で退院してもらう必要があるのです。
- 上限を待たずに「追い出される」現実 さらに深刻なのは、必ずしも上限日数いっぱいまで入院できるわけではない、という現実です。病院によっては経営効率を重視するあまり、上限である150日や180日を待たずに、早期に退院を促すケースも少なくありません。リハビリによる機能回復がある程度の段階に達したと判断されたり、在宅復帰の目途が立ったと見なされたりすると、「あとはご自宅(あるいは施設)で維持していきましょう」と、まだ回復途上で本人が納得していなくても退院を打診されることがあるのです。これは、病院の収益性やベッドの回転率を上げるための、いわば「早期追い出し」とも言える厳しい実態です。リハビリの経緯については丁寧な説明をしないくせに、追い出す段取りばかり一生懸命という光景は、多くの人が体験しているでしょう。回復期病院の社会福祉士に、強い言葉でクレームを言いたくなる気持ちもよく分かります。「雑な仕事をするな」と筆者も憤慨した経験があります。
- 機能分化の弊害 現在の医療は、救命救急や手術を行う「急性期」、集中的なリハビリを行う「回復期」、そして在宅や施設で生活しながら機能維持を目指す「生活期(維持期)」と、役割が明確に分かれています。そのため、回復期の病院は次のステージへ送り出すことが役割となり、患者一人ひとりの回復ペースに完全には合わせられない現実を抱えています。その現実に慣れきってしまい、患者に寄り添うことの価値を忘れているのかもしれません。
- 「維持」という言葉の壁 日数上限を超えた後のリハビリは、介護保険サービスの範疇となり、「機能の回復」よりも「今ある機能の維持」が主目的とされがちです。しかし、本来リハビリテーションに「これで終わり」という明確な線引きはありません。生活期であっても、適切なリハビリを継続することで機能が改善するというエビデンスがあります。しかし、制度上は積極的な「改善のためのリハビリ」が受けにくいのが現状です。
行き場を失った人々はどこへ?
では、病院を退院せざるを得なくなった人々はどうするべきなのでしょうか。
選択肢としては、介護保険を利用したデイサービスや訪問リハビリなどがあります。しかし、介護保険でのリハビリは、医療保険下でのリハビリに比べて時間や頻度が少なく、専門性も高くありません。「もっと本格的なリハビリがしたい」というニーズに応えられません。
そのため、経済的に余裕がある人は、全額自己負担となる「自費リハビリ施設」を選択することになります。
ここでは日数や時間の制限なく、専門家による質の高いリハビリを受けることが可能ですが、高額な費用が大きな負担となります。
その高額な費用を賄うためには、多くの人がこれまで地道に貯めてきた預貯金を取り崩したり、病気や怪我に備えて加入していた生命保険の三大疾病一時金給付特約などを充てたりするしか方法がありません。貯蓄がなく、最適に設計された生命保険もない場合は、自費リハビリは諦めることになります。
「機能回復もカネ次第」というのが現実です。
この制度はもっと改悪されていくと考えた方がいい
「リハビリ難民」は、個人の努力の問題ではなく、医療保険制度という大きなシステムの構造から生まれる社会的、政治的な課題です。高齢化がさらに進む日本において、この問題はより深刻化していくことが予想されます。
もちろん、医療費の増大を抑制する必要性も理解できます。しかし、回復を願う患者と家族の「まだ諦めたくない」という思いを断ち切ってしまう現在の制度には、大きな課題があると言わざるを得ません。非常に冷酷な制度です。
日数ありきでリハビリを打ち切るのではなく、個々の患者の状態や回復の可能性に応じて、柔軟に医療を提供できる仕組みづくりが急務です。同時に、医療保険と介護保険の垣根を越えた、シームレスなリハビリ提供体制の構築が求められています。
とはいえ・・・政治の問題なので、すぐに解決は難しいのでしょう。数年、数十年先にやっと実現するようなスピードでしか事態は動かないと諦めた方が無難です。むしろもっと改悪されると覚悟したほうがいいかもしれません。
私たち庶民がやるべきことは、万が一の大病とそのリハビリに備えて、生命保険や資産運用に励むことしかありません。
社会保障が世界一充実している国と言われるわりには、自分らしく生き残るためには自助努力でお金を用意するしか方法がないのです。
非常に残酷で、残念なことです。



























